表紙 前へ 次へ 最後 目次 あとがき
咋年で私も、三十才といういちおうの節目を向かえました。私の以前からの目標であった年齢でもあります。三十年という年月は、健常者から見れば、何の変哲のない通過点に過ぎないことでしょう。しかし、私にとってはとても大事な時間なのです。
十年程前の筋ジス患者(デュシャンヌ型)の平均的寿命は十八〜二十歳前後と言われていました。しかし医学技術の進歩により、人類すべての人々の寿命が伸び、我々の病も例外に漏れず格段に長い時間を過ごすことができるようになり、本人の希望と意欲があればさまざまなことに挑戦することができます。そして幸福な日々をおくれるようになりました。
今こうしてパソコンに取り組めるのも、私の力や医療技術の向上のためばかりではありません。しかし忘れてはならないことがあります。それは私の身の周りのこと、また医学的処置などの介助をして下さる看護婦の方々をはじめ、多くの職員の方々や我々を取り囲む多くの方々の暖かい手の存在です。ややもすると。多くの方々のお陰で生きていられることを忘れがちになり、あたかも自分の力だけで生きているかのように錯覚しがちです。
この文集を編むことは、これまで私がたどってきた過程を振り返ると共に、私の生きた証しを記すことになるのです。人はこの世に生あるうちは、一つの個体として形あるために忘れられることはありません。しかし生を全うしてしまった日から時を経るに従い、人々の記憶から私の存在は薄れ、消滅してしまうのです。それは当然のことです。また部屋の明かりが消え私だけの時間に戻った時、不意に自分の存在の薄さを感じ、また自分の存在とは何かと考えると、一抹の寂しさを覚える時があります。そんな虚しさにも似た気持ちを払拭するため、また私の姿が消えた後、再び思い出として蘇り、あんな奴もいたなあと思って貰えれば幸いに思います。
今回、一つの形になるためにいろいろな助言を下さった主治医の福永秀敏先生をはじめ、指導員の今村葉子先生、稲元昭子前婦長さんをはじめ多くの方々に感謝致します。
この文集は、最終地点ではなく、更に私を磨き更なる道に向かって生命尽きるまで、進んで行くための踏台にしたいと思います。これからも皆さんのご指導をお願い致します。表紙 前へ 次へ 最後 目次