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人生を変える人との出会い
                         岡本 明 

 人間、一生のうちに自分の人生を変えるほどのインパクトを受ける人との出会いというものはそう沢山あるものではない。あと少しで五十年を迎えようとする私の人生を振りかえってみても、ほんの数人しかいない。轟木さんはその数少ない人の一人である。彼との出会いは私にこれからの方向を与えてくれた。
 長年、情報技術、ヒューマンインタフェースの企画、研究開発を仕事としながら、また重度の肢体不自由の人たちのボランティア活動をしながらこの二つを結び付けた「障害を持つ人のための機器」というテーマに取り組むことにいま一つ迷いを持っていた私に、はっきりとそれを決心させてくれたのは轟木さんである。岡本明氏ポートレート
 轟木さんとの出会いは、(株)リコーの光ディスク電子ファイリングシステム「くらら」がきっかけであった。いきさつについては、この本で伊東正が「轟木さんと読書機」に詳しく書いているのでそちらを読んでいただきたいが、轟木さんのアイディアを何とか実現しようという人達の仲間に私も入れてもらったのである。そして彼がパソコン通信の名手であることを知ってメールによるやり取りが始まった。
 「轟木さん、こんにちわ。元気ですか。」よくこんなふうに彼とのメールは始まる。彼は鹿児島、私は東京と離れていても簡単にコミュニケーションできる。パソコン通信の威力である。彼と出会ってから一年半、電話回線を通じてのやり取りはどのくらいになるだろうか、おそらく五十回は超えているだろう。世の中のこと、技術のこと、音楽のことなどさまざまなことを話す。しばらくメールがこないとちょっと心配になって、「どうかしたの?」と聞くと「生存宣言!まだ生きてます。パソコンの調子が悪くて」なんて返事が返ってきたりする。ちょっと意味不明の詩の断片のようなものが送られてきたこともある。何かと思っていると、「失礼しました。ちょっとなぐさみに詩なんぞを書いていたら、パソコンの操作を間違って送ってしまったんです。いやぁ、お恥ずかしい。ポリポリ....
(^|^; 」といった具合である。彼の生活の一端が覗けてしまったわけだ。
 病院へは二度ほど尋ねたことがある。会ってみると彼は顔もふっくらとしていて、元気そうである。これを言うと、「皆からでかい顔をしてる、と言われますよ。」と言う。ユーモアセンスも持ち合わせた若々しい好青年である。だが、こんなにも落ち着いて、しっかり自分のことを見据え、また人のことを考えている彼はまだ三十才そこそこ。(私が彼くらいの時にはどうだったかと考えるとまったく恥ずかしくなるが)今彼がそうして明るく前向きに生きているその裏には、私などが想像もできない、数知れない心の苦しみがあったものと思う。それを乗り越えてきた彼には何事にも負けない本物の強さとやさしさ、そして素直さがある。
 力のない私にどこまで「障害を持つ人のための機器」への貢献ができるか判らないが、轟木さんはそんな私のテーマを手伝ってくれると言う。ひとつずつ、できるところから取り組んでいきたいと思う。轟木さんとの出会いを感謝しながら。

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