表紙 前へ 次へ 最後 目次 パソコンとパソコン通信
私は人工呼吸器の助けを借り、生活の全てをベッドで行なっている。機械が停止すれば苦しみながら死んで行く。全ては自分以外の手の中にある。周りに見えるのは壁と天井ばかりの狭い空間だけである。気がつけば、壁の染みを数え天井と会話している。人工呼吸器が命を支えていることもあり、ベッドを離れることは極端に少ない。そのため院外の人との接触は限られてしまう。この閉ざされた環境もパソコン通信をすることで社会との距離を僅かではあるが縮めることができている。
私はこの重度障害者のために発展したようなシステムを使い、月1回、同じ病と共に生きる仲間と井戸端会議に似た形で世間話をしている。一九九二年七月八日のパソコン通信上でのOLT(チャット)の一部を抜粋
チャットとはパソコン通信上で行なう井戸端会議のようなもの。大手のネットワークによって呼び方は異なる。(PC-VANにて)
[JAY ]=国立新潟病院筋ジス病棟に入院中
[横浜アムル ]=横浜市在住 筋ジス患者で在宅療養中
[鹿児島 轟木] =私、轟木敏秀[鹿児島 轟木] こんにちは
[JAY ] こんにちは〜〜>all
[鹿児島 轟木] 東京に行くんだって
[JAY ] うんうん。
[鹿児島 轟木] 天気がいいといいけどね
[JAY ] あさってかあ・・・ちと心配と期待
[鹿児島 轟木] 大丈夫?
[JAY ] おれは、さいきん、へんな時間に大便がでたくなってしまうんだよなあああ(笑い)
[鹿児島 轟木] 気を付けて!!
[JAY ] 出かけてて、出たくなったら弱るから・・・・・・とほほ
[JAY ] そんなことない?轟木さん。毎日1回だけ?
[JAY ] 小はけっこう遠いから心配ないし、男はらくだけど
[鹿児島 轟木] 出かけると、おしっこの回数は少なくなるね
[JAY ] まあ、心配しててもしかたないけど・・・・・・
[鹿児島 轟木] そうそう
[JAY ] 東京にいくのは、5年ぶりなんだー
[鹿児島 轟木] 案ずるよりうむが易しだよ!
[JAY ] うんうん
[JAY ] 新幹線は7年ぶり
[JAY ] 今回は初めて電車にも乗るんだけど
[鹿児島 轟木] 俺は一度もないなあ。 いいなあ
[JAY ] 駅員にもってもらわなければならないようだ
[JAY ] 親切にやってくれるかなあ??-------- [ 1:968:横浜アムル ] がアクセスしました。
[横浜アムル ] こんにちはー
[JAY ] おお、アムルさーん!
[横浜アムル ] おひさしぶりです(^_^)
[鹿児島 轟木] こんにちは>アム
[鹿児島 轟木] ひさしぶりだね、元気だった?
[JAY ] うんうん、最近はメールもなかなか読んでくれなかったからなあ>アム
[横浜アムル ] 元気でした
[鹿児島 轟木] JAYさん、東京に行くそうだよ
[横浜アムル ] そうですか、楽しんできて下さいネ
[鹿児島 轟木] 会いに行けないの?>ア
[横浜アムル ] 私ですか? 私、JAYさんには会いたいけど、いいです、外出面倒くさいし、電車なんかじゃ到底行けないですよ、一人では
[横浜アムル ] 車も最近運転してないし
[鹿児島 轟木] 頑張ってみては?>アム
[横浜アムル ] いけないことだとはわかってるけど、なかなか・・・(^_^;)
[鹿児島 轟木] 新聞なにをとっている?>アム
[JAY ] アムルさん、エア・ウォーリアしてますか?
[横浜アムル ] 新聞って朝日とか毎日とかそういう新聞の事ですか?
[JAY ] 新聞読める?>と
[鹿児島 轟木] 読める>KJ
[JAY ] おおーー!!
[鹿児島 轟木] 書見台に乗せて見てるよ>KJ
[JAY ] じぶんでめくれる?>と
[鹿児島 轟木] NO
[JAY ] なるほど>と
[鹿児島 轟木] 人が来るまで 待あり
[JAY ] アムルさんも、ワープロ入力のバイトでもしたら?
[JAY ] アムルさんならはやくうてるだろう
[横浜アムル ] そういう仕事ってなかなか無いみたいです、職安で聞いても
[鹿児島 轟木] よさそうだよ>アム
[横浜アムル ] うん、こないだ母と一緒に行ったんですが、一応登録だけされて、終わってしまいました
[鹿児島 轟木] KJさんにたのんだら?
[JAY ] こちらは、人口八万人くらいの市だけど、ぼくの知っているだけでも
[JAY ] 3つの印刷会社でやっているよ
[横浜アムル ] そうですか
[横浜アムル ] じゃあもう一回行って、色々聞いてみます。でもね????
[鹿児島 轟木] でもね????
[JAY ] だから、印刷会社に直接きいてみたら?
[横浜アムル ] あ、直接聞くという手もあるか・・・そうですne
[JAY ] ええ、こんな田舎でもやっているんだから
[鹿児島 轟木] そうしたほうがいいと思うよ。
[JAY ] そちらなら、なおさらいろいろやっているよ。
[横浜アムル ] そうだといいな
[鹿児島 轟木] うむうむ
[鹿児島 轟木] がんばれ!!>アム
[横浜アムル ] 頑張ります(^_^)
[鹿児島 轟木] もうそろそろ 時間だ
[横浜アムル ] そうですね
[JAY ] そろっと失礼します
[JAY ] きょうもたのしくできました、ありがと>と
[鹿児島 轟木] こちらこそ
[横浜アムル ] こちらこそ、楽しかったです
[JAY ] はーい、気をつけていってきます
[JAY ] みなさんもお元気で
[横浜アムル ] では、またよろしくお願いしまーす>>all
[鹿児島 轟木] さよなら また来月以上のように、病棟での出来事、今の天気、興味を持っていることから世の中のことなど。井戸端会議をする仲間は日頃は大阪、神奈川、新潟である。ときには沖縄、北海道にまでその範囲は広がる。パソコン通信を使って囲碁の対局することもある。囲碁の対局は、国立沖縄病院の患者である。専用の対局プログラムを利用して本物の対局のようにすることができる。相手が目の前に居るかのように会話を交えながら打っている。旅をすることも外出もままならない私にとってパソコン通信は、自分の知らない土地の人々と目の前にいるかのように話をすることができる。
ベッドの中が世界の全てである重度障害者にとってパソコン通信は、目であり耳であり足である。この行動力を使い会議に出向き、ショッピングに出かける。私は本が好きだ。新聞の広告欄に興味のある内容のものや好きな作家の著作の本が掲載されるとすぐに手に入れたくなる。そんな時、通信上で注文する。
近ごろパソコン通信では本に限らず、花、酒、CDとありとあらゆるもの買うことができる。また、大手のネットワークは通信社や新聞社が情報提供者であるために、他のメディアに比べ格段に早く日本のみならず、世界の事件や事故を寝ていながらに知ることができるのである。いま挙げたこれら全ては、通信をなりわいにしている大手ネットと呼ばれるネットワーク会社(PC-VAN,Nifty-serveなど)が経営を行なっているため、有料である。しかし、入会することで夢のようなことができるのであるから、料金が必要なのは仕方ない。
ベッドの中だけの生活は、不自由に思うこともいたたまれぬことも多い。しかしながらパソコン通信をすることは、日頃の鬱陶しさから解放され新たな未知の世界を与えてくれた。
パソコン通信は、障害者にとって有難い手段である。なぜならパソコン通信は文字による交流が中心で、差別がないことである。文字の交流ということは相手の顔や体、障害を持つ者であるか、そうでないのか正体を明かさない限り判断は困難である。それから言えば全てが平等であり、理想的な世界である。しかし顔や正体がわからないことは、無責任な発言も時にあり、誹謗、中傷を受ける場合もある。それは本人の問題である。このように障害を持つ者にとって有益な世界に漕ぎ出すには、電話回線が必要である。それ相当の費用と出費を強いられる。しかし生きる希望を見いだすと思えば安いものである。
いま私がこうして狭い空間から外の世界を見渡したり、パソコンを十二分に生かせているのは、病棟はじめ病院の責任者の方々の多大な理解のお陰でなのである。病院の方々の協力なくして通信はおろかパソコンをすることもできない。表紙 前へ 次へ 最後 目次