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自分でできることは

 体の自由がきかず、声も出すことのできない者にとって、何が辛いかと言えば、意思を相手に伝えることができない、思いを文字に表わせないことである。人の手を借りれば、気持ちを文字にすることは容易なことだ。しかし一たん人の耳を通すとどこかにズレが生じる。素直に気持ちを表現するのは、自分だけの力で入力するのが一番である。僅か一文字でも自分の力でできることは、例えようもない喜びである。自分の思う文字、文章がパソコンの画面に現われると、生きているんだ、という実感が湧いてくる。たとえ一文字を入力するのにどんなに時間を要しようとも、何一つ人の手助けなしには生活できない者にとっては、何ものにもかえ難い。病状の悪化と共に自分一人の力でできていたことが、次第に少しずつ減っていく。この現実を見つめていると、今の自分が途方もなく嫌になり生きる気力を失い、人生に失望することがある。その中で一つでも自分の力でできることがあることは、生きる喜びである。
 介護する者にとって患者からストレスや苛立ちをぶつけられることは、不愉快で迷惑極まりないことだろう。特に重労働の強いられる筋ジス病棟においては、なおさらだろう。お互い人間である以上、さまざまな苛立ちを態度や表情に表わすことがある。それを少しでも回避できるのは、自分の気持ちを何らかの形で表現することである。気持ちを表現することで、自分の中にある苛立ちやストレスを人に迷惑をかけることなく発散することができる。
 パソコンが普及する以前は、自分で何もできなくなれば表現することを諦めなければならず、周りの人々の言いなりになるしか方法がなかった。しかし現在は障害者のために開発された機器を使用することで表現できるのである。自分できることがどんなに素晴らしいことかわかっていただけただろうか。