重度身体障害者のための生活環境インタフェース
−1入力操作方式電動ミラー・コントロール装置の開発− 畠山卓朗(横浜市総合リハビリテーションセンター)
轟木敏秀(国立療養所南九州病院筋ジス患者)1.はじめに
人工呼吸器を装着したまま一日の大半をベッド上で生活することを余儀なくされる重度障害者にとって,生活環境といかに相互作用を保つことができるかは重要な課題である.今回,生活環境インタフェースの試みとして,筋ジストロフィー患者がベッドまわりの生活環境を自らの意思で自由に見渡すことのできる1入力操作方式電動ミラー・コントロール装置を開発した.障害特性に合わせたインタフェース設計,装置の果たす役割,今後の展望について報告する.
2.取り組みの背景
進行性筋ジストロフィー(Progressive Muscular Dystrophy)は,幼少期に発症し,筋肉が徐々に萎縮し,からだを動かせなくなる病気である.筋ジストロフィーの中でも,デュシェンヌ型と呼ばれるタイプは,たいへん重症度が高く,最終的には自発的な呼吸も困難となり,人工呼吸器依存となる.
そのため,一日の大半をベッド上で天井を見上げたまま過ごすことが多い.
また,通常の生活環境や社会と隔絶されがちである.
思考力や視力にはまったく問題がないものの,残存する身体運動機能は指先などわずかな部位に限定され,しかも,その移動距離,力とも非常に小さい.また,複数個のスイッチを押し分けることも困難となり,様々な問題が生じる.例えば,情報源や娯楽源であるテレビのリモコン操作さえ困難が伴う.
以上のようなことから,非常に少ない数の操作スイッチ(1ないし2個)で,身の回りの生活機器を操作することができるインタフェースが求められている.
川上らは,身体障害者用ソフトウェア設計におけるアイディアや配慮について提案した.[1]
また,筆者らはこれまでに,1入力で文字入力を行うための入力法の開発[2],1入力で操作可能な電話機[3],2入力(呼気・吸気)でカメラの基本操作を行う装置の開発[4],1入力操作によりパソコンのマウス操作を可能にする装置の開発[5],電子化された書籍を1入力操作で読むためのソフトの開発[6]などに取り組んできた.Fig.1 共同研究者・轟木の生活場面
(頭上に様々な生活支援機器が並んでいる)3.重度身体障害者におけるコミュニケーション
「コミュニケーション」というと,一般的には「人と人との意志の伝達」という意味で使われることが多いが,筆者らはこれをもう少し広い意味でとらえ,「人と人」「人と生活環境」「人と社会や自然」などをも含めた相互作用として捉えている.
認知心理学を専門とする佐伯胖氏は,人間を取り巻く環境を「I世界」「YOU世界」「THEY世界」という3つのことばであらわした.[6]
筆者らは,これを障害をもつ人を取り巻く環境に置き換えて図にあらわした.(Fig.2) 「I世界」とは一人称の世界であり,自己に没頭することができる環境である.「YOU世界」とは二人称の世界であり,家族と触れ合ったり,好きなテレビ番組や音楽さらにパソコンでゲームを楽しむなど,心をリラックスさせながら関わることのできる環境を意味する.「THEY世界」とは三人称の世界であり,友人と電話で会話する,パソコン通信を介して見ず知らずの人と知り合いになる,自然や動物と触れ合うなど,社会や自然との出会いの場である.
筆者らが目標とするコミュニケーション機器とは,「I世界」にある重度身体障害者が,他の2つの世界と自由に相互作用することができるための機器インタフェースである.
彼ら/彼女らにとって,この相互作用はたいへん大きな意義を持つ.すなわち,単に生かされているという存在ではなく,自律的に生活することで,一人の生活者としての意識が芽生える.また,外界との相互作用をとおして,社会の一員としての位置付けが行われる.これらのことが総じて,彼ら/彼女らの生きる源となると考える.Fig.2 広義のコミュニケーション 4.障害特性に合わせたインタフェース設計
(1) 指先のタッピング動作を利用
今回対象とするデュシェンヌ型筋ジストロフィーの特徴として,随意的に動かすことのできる身体部位は,手の指先などのわずかな部位に限られる.また,五指すべてが動くことはまれであり,一指動かすのがやっとという状態が多い.指先部分の動かせる距離は数ミリ程度.操作力は数十グラムから100グラム程度である.しかし一般に,指先によるタッピング(トン・トン・トンと叩くような)動作は残っていることが多い.
このタッピング動作を積極的に利用する入力法が考えられる.筆者らは,スイッチの操作回数と入力時間(スイッチを短く入力,長く入力)の組み合わせを用いた入力法を提案している.[2][5] 具体的には,短点入力と長点入力の組み合わせで項目選択および動作実行を行う.(Fig.3)Fig.3 スイッチ入力と聴覚フィードバック出力のタイミング (2) 操作スイッチの選択条件
操作者の操作に伴う負担を極力減らすこと,さらにリズミカルなスイッチ操作を利用することから,スイッチの操作力は出来る限り小さくすること(50〜100グラム以下)が望ましい.また,操作したことが指先の感覚をとおしてわかるようなクリック感があるスイッチが望ましい.(3) 聴覚フィードバックの付加
さらに小さな操作力(50グラム以下)でしか操作できない場合には,超軽作動力スイッチや光ファイバーなどの光電センサーを利用することがある.この場合,スイッチ操作に対する不安感(スイッチがちゃんと入力できたかどうかの手掛かりが得られにくい)から,必要以上の力を入れようと努力してしまい,操作負担が増大しがちである.この問題にたいしては,スイッチ入力のオン時点で電子ブザーによる聴覚フィードバック「ピッ」音を付加することで解消できる.さらに,長点入力(ある一定時間が経過)へ移行した時には,「ピー」音を付加することで操作が確実にできたことを操作者に伝える.ただし,今回の装置のように長点入力へ移行したと同時に操作者にはっきり見える形で機器の動作が開始(電動ミラーが始動)するような場合には,聴覚フィードバック音は余分な情報となるため,あえて付加しない.(4) 無視覚操作の実現
一般的に,一入力操作方式の機器では操作項目を選ぶための表示器を別に用意し,操作者はそれを見ながら操作するといった方式がとられる.(Fig.4 a)しかし,表示器の位置と実際に動作する操作対象物の位置が異なるため,両者の間で視線を頻繁に移動させる必要がある.また,表示器の表示を常に目で追いかけながら操作する必要がある.これらのことは,操作負担を増大させる原因になる.
そこで筆者らは,表示器を別に設けることなく操作が可能になる手法を提案したい.(Fig.4 b) 操作者は,まず簡単な約束事を覚える必要がある.具体的にはスイッチの短点入力と長点入力の組み合わせである.ただし,この約束事を操作対象の中に埋め込んでおく(後述するマーキング・テープ)ことにより,いつでも視覚的に確認することができる.操作者はマークを見ながらスイッチ操作を行う.ある程度慣れることで頭の中で約束事を想い浮かべながら操作することもできる.その際,聴覚フィードバックが伴うので,スイッチ操作が確実に遂行できたかどうかの確認が行える.以上述べた設計のための指針は,今回対象とするデュシェンヌ型筋ジストロフィーや筋萎縮性側索硬化症にはおおよそ適合するが,リズミカルなスイッチ入力が困難な重度脳性まひなどには適さないと考える.
Fig.4 1入力操作法におけるフィードバック
5.1入力操作方式電動ミラー・コントロール装置
5.1 装置の概要
今回開発した装置は,電動ミラー部,支持用アーム部,制御部,操作スイッチ部から構成される.(Fig.5) 電動ミラーの駆動部は自動車部品をそのまま流用し,その上に化粧用のミラーを取り付けている.支持用アームは3つのジョイントがあり,固定レバーを解除することで,3次元的な位置決めを手動で容易にかつ素早く行うことができる.ミラーの縁には後述する操作方法に従って1枚から4枚のマーキングテープを貼り付けている.Fig.5 電動ミラー・コントロール装置の構成
5.2 操作方法
1入力操作により,ミラーを左右上下へ任意の位置角度に旋回させることができる.
ミラーは長方形であり,固定レバーを手動で解除することで,利用者の好みに応じて自由な角度にセットすることができる.ミラーを90度あるいは180度回転させて固定したような場合,マーキングテープの位置も自ずから移動することになる.
ミラーのセット後は,マーキングテープの数に従い操作を行う.
ここではFig.6のようにミラーがセットされた場合を前提に操作方法の説明を行う.
上方向に旋回させる場合は,スイッチ・オンを保持したまま(長入力),目的の旋回角度に来たときにスイッチ・オフすればよい.下方向に旋回させる場合は,短入力を1回行った後,長入力を目的の角度まで行う.同様に,左方向の場合は,短入力を2回と長入力.右方向の場合は,短入力を3回と長入力の如くである.Fig.6 入力操作とミラーの旋回方向 5.3 試用評価
これまでに3名のデュシェンヌ型筋ジストロフィー患者と1名の筋萎縮性側索硬化症患者に試用評価を依頼している.
利用者の感想のおもなものを以下に列挙する.
・部屋の様子が自由に見渡せるようになった.
・来客者の顔を正面から見ながら会話できるようになった.
・運ばれてきた食事の内容が見えるようになり,いちいち聞く必要がなくなった.
・回りの人々との一体感を感じる
・もっと広い範囲を見渡せたらよい
・車いすやストレッチャーに乗り屋外でも利用したい
などである.
操作方法については,すべての人が短時間内に理解することができた.
当初は自動車用のバックミラー(凸面鏡)をそのまま利用したが,広い範囲を見渡せるものの画像が歪んでしまうことから利用者の評価は今一つであった.そこで,少し大きめの化粧用平面鏡に置き換えることで良い評価が得られた.また,利用者自身と見たい対象物の位置関係によっては,ミラーが適切な位置にセットできないという問題点も見受けられた.
装置の利用場面の一例をFig.7に示す.Fig.7 利用場面の一例
(写真は共同研究者・轟木)
6.今後の課題
今回は電動ミラーを利用したが,より広い範囲を見渡せるようにするためには,小型CCDカメラと電動雲台の利用も考えられる.また,屋外での利用を可能にするために,電池駆動が可能なコントローラの開発も検討している.
将来課題としては,障害者自身がお出かけロボットを遠隔操作し,外界を探索したり,そこで出会う様々な人や環境との相互作用を楽しむことができるようなシステムの開発があげられる.(Fig.8)
Fig.8 自由に外界を探索したり,人や環境との出会いを楽しむ
7.おわりに
重度身体障害者の生活環境との相互作用を実現するための機器の一つとして,1入力操作方式電動ミラー・コントロール装置を開発し,生活の幅を拡げられる可能性を見いだした.
この種のテーマの重要性はともすると見落としがちであるが,一日のほとんどの時間をベッド上で過ごす人々にとっては切実な課題である.共同研究者の轟木は,「自分で出来ることがあるのが,生きていることの実感につながる」,「可能性が残されていることが,生きる意欲を生み出す」と語る.
彼ら/彼女らの日常生活が内容的に豊かで充実したものになるよう,それを支援するための機器開発に今後も取り組んでいきたい.[謝辞]
本システムの試作開発に協力してくださった当センター・エンジニア 上野忠浩,畠中規の諸氏に感謝いたします.また,日頃から重度障害者のコミュニケーションについて貴重な助言・ディスカッションをいただいている当センター言語治療士 大澤富美子女史,前センター長 白野明氏に深く感謝の意を表します.
参考文献
[1] 川上博久・他:重度身障者用ソフトウェアにおけるユーザ・インタフェース −フレンドリーなインタフェースを求めて−,第2回リハ工学カンファレンス講演論文集,5/10(1987)
[2]畠山卓朗・他:重度障害者のための新しい入力法の開発,第6回ヒューマン・インタフェース・シンポジウム論文集,211/216(1990)
[3]畠山卓朗・他:障害者にやさしい電話機,第7回ヒューマン・インタフェース・シンポジウム論文集,117/122(1991)
[4]畠山卓朗・他:高位頚髄損傷者のためのカメラ・コントローラの開発,第8回ヒューマン・インタフェース・シンポジウム論文集,127/130(1992)
[5]畠山卓朗・岡本明・他:重度障害者のための1入力方式マウス・エミュレータの開発,第9回ヒューマン・インタフェース・シンポジウム論文集,279/282(1993)
[6]岡本明・畠山卓朗・他:重度肢体不自由者のための読書支援−デジタルブック用1入力操作ソフト試行結果−,第10回ヒューマン・インタフェース・シンポジウム論文集,359/362(1994)
[7]佐伯胖:「学ぶ」ということの意味,岩波書店(1995)
(1996年 第12回ヒューマン・インタフェース・シンポジウムにおいて発表)